すべての球団は消耗品である「#10 1981年の近藤中日編」byプロ野球死亡遊戯
勝っても、負けても、いつの時代もプロ野球球団はファンに猛スピードで消費されていく。黄金時代、暗黒期、泥沼から抜け出せない低迷期。ファンは、そして僕たちはいい時も悪いときもそんな刹那の瞬間に快楽を求めているのかもしれない。
いまも語り継がれる伝説の8・26の“頭”
プロ野球史において、最も“こすられ続けている”プレーはなんだろうか?
王貞治のホームラン世界新記録756号か、それともイチローの第2回WBC決勝戦でのセンター前タイムリーか?いや、間違いなく1981年の「宇野勝のヘディング」だと思う。あの一瞬はいまだにテレビの珍プレー番組で毎年必ず放送され、世代を超えて認識されている。まさに究極のズンドコ切り抜き動画である。もう40年以上、ヘディングだけがひとり歩きしている悲劇。そりゃあ、ウーやん本人も「僕を知っている人の7割か8割はヘディングのことしか言いません。そんなの、あり得ないですよね。いまだにムカつきますよ。僕は野球選手なのか、コメディアンなのか」なんて不機嫌になるわけだ。宇野と言えば、41本塁打の遊撃手最多アーチの記録を持つ、昭和を代表する「打てる大型ショート」だった。なのに、語られるのはヘディングのみ。当時の『週刊ベースホール』特集記事の見出しはド直球の「ヘディング・ボーイ」。泣ける。人生訓に“草魂”、グラウンドでは“走魂”を掲げながらも、1千万円を超えるデラックス風呂付きの時価2億円の大豪邸を建てちゃう元近鉄のビッグワンこと鈴木啓示。これも泣ける。
ウーやん、今までゴメン。我々はヘディング事件の前後や背景をまったく知らない。そんなぼくたちの失敗。だから、あれから42年経った今こそ検証しようと思うのだ。知られざる、ウノスト・サイド・ヘディング・ストーリーを。松田聖子6枚目のシングル『白いパラソル』がヒットしていた1981年夏、パ・リーグでは「ロッテのポパイ、薄給の無名怪力バッター」と報じられた27歳の落合博満が初の首位打者争いに挑んだあの夏、8月26日夜、巨人対中日戦が行われた後楽園球場で何が起こっていたのだろうか?
前年を最下位で終え、この年から中日の新監督に就任した近藤貞雄は、先発・中継ぎ・抑えの投手分業制を日本に定着させ、のちの大洋監督時代には俊足選手を揃えた“スーパーカートリオ”で話題を呼ぶアイディアマンとして知られていた。そんな近藤中日は、春先に都内で初めてノーパン喫茶『サントリー倶楽部』が摘発された衝撃もどこ吹く風、4月は9連勝含む15勝4敗と開幕ダッシュに成功して首位を走るが、その後ろにピタリとつけるのが、こちらも藤田元司新監督率いるヤングジャイアンツだった。長嶋茂雄監督が「男のケジメ」で去り、ゴールデンルーキー原辰徳が加入した新チームは、4月は14勝6敗、5月3日には若大将のサヨナラヒットで5年ぶりの10連勝を飾る。なお、宇野は高校時代に原から電話をもらい、東海大で一緒に野球をやろうと誘われるも、たっつあんの引き立て役はゴメンだとプロ入りした因縁があった。全国のちびっ子たちが鮮烈デビューを飾ったタイガーマスクとタツノリに夢中になる中、藤田巨人は5日に中日から奪首すると、5月下旬には2分けを挟む9連勝で早くも独走態勢へ。なんとか2位をキープしていた近藤ドラゴンズだが、6月からジワジワと順位を下げ、4番の谷沢健一が右手親指を痛め、4月の月間MVP田尾安志が守備で右ヒザを強打と主力陣もアクシデント続き。抑えの切り札・小松辰雄を「宝の持ちぐされ」と先発に回すも、6月19日の本拠地ナゴヤ球場で巨人の篠塚がグラブを盗まれるセキュリティガバガバ事件も発生して、気が付けばBクラス転落。春先は“近藤魔術”と恐れられた采配も、結果が出ないとネコの目打線とディスられる。
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中溝 康隆=なかみぞ・やすたか(プロ野球死亡遊戯)|1979年、埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。ライター兼デザイナー。2010年10月より開設したブログ『プロ野球死亡遊戯』は現役選手の間でも話題に。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人担当として初代日本一に輝いた。ベストコラム集『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)、『原辰徳に憧れて-ビッグベイビーズのタツノリ30年愛-』(白夜書房)など著書多数。『プロ野球新世紀末ブルース 平成プロ野球死亡遊戯』(ちくま文庫)が好評発売中。
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