すべての球団は消耗品である「#4 1994年の鈴木近鉄編」byプロ野球死亡遊戯
勝っても、負けても、いつの時代もプロ野球球団はファンに猛スピードで消費されていく。黄金時代、暗黒期、泥沼から抜け出せない低迷期。ファンは、そして僕たちはいい時も悪いときもそんな刹那の瞬間に快楽を求めているのかもしれない。
ブレーキ非搭載近鉄暴走特急
「ま、みててください。今年、それから昭和60年代は、オレの年になりますから」
1985年の名古屋場所で二横綱、三大関を総ナメした恐るべき逸材、北尾光司は雑誌『現代』のインタビューで高々にそう宣言した。浴衣着て、マゲ結って、手には黒いアタッシュケースを持って歩く新人類力士。「これがイマいんスよ。中身? だいたいカセットとか、札入れ、雑誌くらい、たいしたものは入ってないんだけど、カッコいいでしょ。ビジネスマンみたいで……ハ、ハ」って清々しいほどのハリボテ感は、直後に押し寄せる未曾有のバブル好景気を象徴していた。地元三重の近鉄電車では津市出身の北尾の勝ち越しを祝い、二両連結の臨時列車「北尾号」を120人のファンと北尾を乗せて走らせた。スポーツ選手では、近鉄バファローズの鈴木啓示の300勝記念「草魂号」に次ぐ近鉄事業部の目玉企画だ。
そんな近鉄グループが誇る通算317勝左腕の座右の銘は“草魂”。背番号1はパ・リーグ初の永久欠番となり、年上のコーチすら「鈴木さん」と呼ぶ“ビッグワン”である。現役晩年は自分でローテーションの登板日を決め、下位チームや地元関西での球場を好んで投げた。『週刊宝石』では「最近のピッチャーは、ラクしていい生活しようと思うとる。ワシとはタイプが違うんや」と若手に説教しつつ、自身はサイパンキャンプを拒否して国内マイペース調整中。「最近は、みんなきれいに辞めすぎるで。もっと泥まみれになっても、ユニホームに執着をもってもええんやないか」なんて宣言した直後の85年シーズン途中にあっさり電撃引退。すぐさま球団から3000万円の功労金をもらい、ペナント中にもかかわらず約3週間の米大リーグ見学旅行に旅立った。「草魂の魂が抜けて、ワシはただの草になってしもうた」って名言ぽくまとめてるけど、もうむちゃくちゃだよビッグワン!
ちなみに「わしは雑草や。踏まれて傷だらけになっても当たり前や。けど見てみい、雑草はコンクリートを割ってでも伸びてきよる。中・高生諸君、雑草になろやないか。投げたらあかんのや」と語るCM中の「投げたらアカン」で流行語大賞の85年大衆賞も受賞している(現役生活はあっさり投げたのに)。引退後の投手コーチの誘いには「ワシはコーチの器やない」と秒殺。そんな偉大なる鈴木啓示が「機は熟した!」とついに監督として古巣帰還を果たしたのが、引退から7年後の92年オフのことだった。
さっそくドラフト会議では事前に予定していた選手ではなく、「ワシが育てる」とサウスポーの小池秀郎を強引に指名。栄光の1番ではなく背番号70の戦闘服(本人談)を身にまとい、45歳の大物新人監督1年目は1分けを挟んで開幕4連勝という絶好のスタートを切るも、藤井栄治ヘッドコーチが開幕からわずか10日、6試合で怒りの退団。当時主力の金村義明の著書によると「やってられへんのや。金返してやめる」と藤井は言い残して去ったという。結局、チームは87年以来のBクラスとなる4位に終わり、自由契約になった元ローテ投手の小野和義が「鈴木監督を見返したい」とあえて同リーグの西武へ移籍するなど不協和音の乱れ撃ち。シーズン終了報告に来た鈴木監督に対して、上山善紀オーナーは「私はグチは一切、聞きませんでした」と厳しい表情を崩さず。これにはビッグワンも「来年は黙って勝負」と雪辱に燃えた。いわば、鈴木近鉄の背水にして勝負の2年目が1994年シーズンだったのである。
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中溝康隆=なかみぞ・やすたか(プロ野球死亡遊戯)|1979年、埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。ライター兼デザイナー。2010年10月より開設したブログ『プロ野球死亡遊戯』は現役選手の間でも話題に。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人担当として初代日本一に輝いた。ベストコラム集『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)、『原辰徳に憧れて-ビッグベイビーズのタツノリ30年愛-』(白夜書房)など著書多数。『プロ野球新世紀末ブルース 平成プロ野球死亡遊戯』(ちくま文庫)が好評発売中!
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