いとうせいこう×R-指定、超令和の日本語ラップ大革命(後編)
R-指定とゆかりのあるアーティストをお招きしてお送りする『新・Rの異常な愛情』。前号に引き続き、「日本語ラップ」レジェンドのひとりであるいとうせいこうが登場。日本の音楽界の重鎮から、歴史上の偉人、新世代ラッパーについてなど、縦横無尽のヒップホップトークをお楽しみください。
桑田佳祐の方法論
――前編の「『フリースタイルダンジョン』でバトルに字幕がついたことでの変化」からの続きですが、KEN THE 390くんも「プレイヤー側の発想だと、ラップに字幕を付けるという考えはなかったと思うし、ちょっと難色を示す部分もあったと思う」と言っていました。一方で、視聴者としては「何を言っているのか」「どう切り返しているのか」ということが音と文字の両面で認識できたことは、理解度としても、バトルへの入口としても大きかったと思います。
いとうせいこう あれでみんな聴こえるように――「聴こえてるような気になった」も含めて――なったんだよね。本来は、あんなに言葉を一気に詰め込まれたら、いっぺんじゃ聴き取れないよ。
R-指定 プレイヤーの体感としても、『ダンジョン』までは「プレイヤー」「ラップに詳しいリスナー」「一般層」の間で、「ラップの聴き取りスキル」に隔たりがかなりあると感じてたんですよね。でも『ダンジョン』が始まって、バトルに字幕をつけたことも作用してか、そのレイヤーがグッと縮まった感触があるんですよね。更に音楽の中でラップがスタンダードになっていくことで、その隔たりはより少なくなったと思う。その意味でも「めっちゃ言葉詰め込むやん」みたいな言葉数の多いJ‐POPが普通に大ヒットするように、それをリスナーが聴いて理解できるようになったのには、『ダンジョン』での字幕の効果が少なからず影響してる気がします。
いとうせいこう ラップが日本のポップスのあり方を変えたというのは面白いことだよね。そして、画面にテロップが出てたことで「進化」をしたとすると、天邪鬼な俺たちとしては「じゃあテロップに書けない音、セリフはどうすれば表現できるの?」という風に思うという(笑)。
R-指定 ハハハ。確かに。
いとうせいこう そこにまだまだ進化の幅がある気がするな。
R-指定 テロップで言うと、これが本当かどうかは分からないんですが、「サザンオールスターズが出てきて音楽番組にテロップが必要になった」という話を訊いたことがあって。“勝手にシンドバッド”とか、それまでの音楽に比べたらめっちゃ言葉も詰まってるし、情報量も多いじゃないですか。
――「16ビートに日本語を乗せる」ということ自体が、当時からするとすごくチャレンジングなことで。
R-指定 だけど、あの曲のヒットを通して「日本語をリズムとして捉える耳」を持つ人が増えたり、耳が進化したと思うし、その延長線上にラップがあると思うんですね。
いとうせいこう なるほど。
R-指定 僕が「音としての日本語や言語」「日本語の構造の利用」としてずっと心に残ってるアーティストが桑田佳祐さんで。その話はせいこうさんとしましたよね。
いとうせいこう うん、したね。
R-指定 せいこうさんが「サザンがいなければ、桑田佳祐がいなければ、桑田佳祐の歌唱法や作詞法がなければ、日本語でラップをできるとすら思わなかった」ということを仰ってて、それもずっと記憶にあるんですよ。その言葉を僕なりに解釈すると、リズムへのアプローチもそうやし、英語と日本語の音としての共通点を見つける、英語が収まっていた音の響きに日本語を当てはめる、空耳チックな言葉の使い方みたいなことなのかなって。そして、それをずっとメジャーな音楽シーンでやってきたからこそ、かつ、意識的にも韻を踏むようなアプローチがあったからこそ、せいこうさんも「これ(を演繹すれば)日本語でもラップができるんじゃないか?」と思ったんちゃうかなって。
いとうせいこう そう、言葉とメロディとリズムの実験だったから。
――Rくんも『Music Blood』で「90年代以降の桑田さんの曲の韻はすごい」と話していたし、例えば“ブルースへようこそ”(79年)の「飲んだくれりゃ朦朧/涙ながらSorrow/これさえなけりゃHero/なんでこうなるねん」みたいに、聴感的に脚韻を踏んだ方法論はサザンは初期から手掛けられています。そして「Sorrow」は「早漏」と掛かっていたり(笑)。
いとうせいこう 「何がラップだよ!」みたいに言ってたのにね、桑田さん(笑)。
――REAL FISH(桑田佳祐・いとうせいこう)“ジャンクビート東京”のときですか? あの曲はせいこうさんの作詞で、桑田さんとせいこうさんがラップするという形でしたね。
いとうせいこう もう「俺には俺のやり方があるんだ!」という方法論を、俺は桑田さんにスタジオで見せつけられて、もうぶっ飛んだよね。「ニューヨークのやり方とも何とも関係ない! 自分だけ突き抜けてっちゃってるわ!」と。でも、それでいいと思ったし、それが良かったんだよね。
――結果、あの曲はいまだに日本語ラップの極北であり特異点として存在し続けることになりました。
いとうせいこう (前編で話したように)桑田さんの歌詞も一音の中にいろんな言葉の意味合いがあると思うんだよね。例えば「○○だわ」と歌ったとしたら、この「わ」の中に平和の「和」も入ってる感じがあったりするしね。
R-指定 やっぱすごいな、桑田さん。「聴き取れるかどうか」という問題でいくと、例えば僕はどんだけ言葉を崩しても、要所要所のパンチラインは絶対聴き取れるようにしてるんですね。だけど最近は、サブスクで歌詞が音楽と一緒に流れることを最初から想定して、ハナからめちゃくちゃ言葉を崩して発音するラッパーもいて。
いとうせいこう そうか。聴き取れなくても文字で見ればいいから。
R-指定 そうなんですよ。もう「ホンマにそう言うてる?」ぐらいの崩し方をしてたり。
いとうせいこう 音としてはジャズ的な崩し方、スキャットに近くなっていくんだね。そうやって常に革命が起き続けてる音楽が聴けることは、俺にとって幸せなことだね。
R-指定 僕もホンマに刺激になりますね。
いとうせいこう Rはそこで同じプレイヤーとして、俺は「それはこういうことなんじゃないか?」といろんな解釈をすることで、みんなが互いに刺激を与え合うというのはすごく健全なことだよね。本当にものすごい速さで進化してるもんね、いまの若い子は。
R-指定 やばいです。 自分が最新やと思ってたラップがあっという間に更新されていくし、「もうこんな進んでんの!?」みたいに思うことばっかり。でも僕も日々その若い奴らを吸収していきたいなとも思っていて。
いとうせいこう 俺はポエトリーリーディングの方向に進んだから、それ(スキル競争)をやんなくて済んで楽なんだけどね(笑)。ただ最初の方に言った「じゃあテロップに書けない音、セリフはどうすれば表現できるの?」という課題は、朗読の実験でこそ突破できるんじゃないかとも思ってて。とはいえ、まあ俺は到底、一番新しい、キレキレのところはできないから、Rの日々の研鑽に期待してます。
R-指定 だけど、それこそ『ダンジョン』のときに、せいこうさんとERONEさん、KEN THE 390さんでリリースされた“THE JUDGE”で、せいこうさんがめちゃくちゃチャレンジングなラップをされてたのが僕はめっちゃ嬉しくて。
いとうせいこう 俺、いま涙が出そうだよ(笑)。
聞き手・構成/ 高木“JET”晋一郎
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いとうせいこう|1961年生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て、作家、クリエイターとしてあらゆるジャンルに渡る幅広い表現活動を行う。現在放送中の『フリースタイル天下統一』(テレビ朝日・ABEMA)にて審査員として出演中。近著に、みうらじゅんとの共著『ラジオ ご歓談! 爆笑傑作選』(リトルモア)。
R-指定|1991年、大阪府出身。Creepy Nuts、梅田サイファーのMCとして活躍中。バトルMCとしても、2012年からの「UMB」3連覇をはじめ、テレビ朝日『フリースタイルダンジョン』での2代目ラスボスなど、名実ともに「日本一」の実績を誇っている。
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