小室哲哉は一日にしてならず…プロデューサーとして“いかに届けるか”『WOWとYeah 小室哲哉 起こせよ、ムーヴメント』著者・神原一光インタビュー
『WOWとYeah 小室哲哉 起こせよ、ムーヴメント』の著者である神原一光氏が登場。小室哲哉を紐解くことは90年代を紐解くこと。なぜ「WOW」と「Yeah」は生まれ、小室哲哉は「ムーヴメント」を起こせたのか。小室哲哉は一日にしてならず。
カラオケの映像革命
――2022年にNHKで放送された『インタビュー ここから』で、小室さんにお話を伺ったことが本書のきっかけだと綴られています。
神原一光 小室さんが、2021年10月に音楽活動を復帰されたということを受け、『インタビュー ここから』にご登場いただきました。この番組は、“原点のここから”と、未来へとつながる“現在のここから”、双方についてお話を伺うという内容だったのですが「令和の小室哲哉」がどんな音を奏でてくれるのか――そういったことを知りたくて企画したのが、すべての始まりでした。僕自身、中学3年生だった1994年からFANKS(TM NETWORKのファンの名称)なので、30年近く小室さんの音楽に影響されてきたというか。音楽プロデューサーという存在を世に浸透させた小室さんの姿にあこがれて、「プロデューサーって何だろう」と自分もプロデューサーという仕事を志したくらいです。ハイティーンの多感な時代に影響を受けたものって、やっぱりその後もずっと自分の人生に影響を与えるもの。といっても、まさか自分が小室さんの本を書くことになるとは思わなかったです(笑)。
――本書は『インタビュー ここから』に加え、計10時間に及ぶ追加インタビューをもとに構成されています。実際に、小室さんにお話を伺ってみて、どのような印象を持たれたのでしょうか?
神原一光 お会いする前は、 シャープで論理的でクールな方なんだろうなと思っていたんですよね。おそらく世間の皆さんが想像しているイメージも似たようなものだと思います。ですが、実際にお目にかかると温和な方だし、シャイというか恥ずかしがり屋みたいなところがあって、それでいて人情深いというか男気がある。それまで抱いていたイメージとは違った魅力がありましたね。
――TRFのSAMさんとの約束をはじめ、アーティストの願望を叶えてあげようとする小室さんの義理堅さには「こんな一面もあるのか」と驚きました。本を読むと、小室さんの人間性がとても伝わってきます。
神原一光 天才・小室哲哉といったイメージが先行していますが、実際には地道に階段を一歩一歩上がってきた方なんだなと。シンセサイザーと出合い、キーボード奏者から始まって、作曲をするようになる。その後、サウンドプロデュースを任されるようになって、ついに作詞、作曲、編曲を一気通貫で行う総合プロデュースを手掛ける。“小室哲哉は一日にしてならず”なんですよね。大変な苦労もされているから、人の気持ちを汲み取ることについても長けている。僕は、本の中でも触れているのですが、小室さんは「天才」ではなくて「異才」というにふさわしい音楽家だと思うんです。いろいろな異なる才能を持つアーティストだなって。
――たしかに、マーケティングやブランディングなど、本書を読むと小室さんの時代を読み解く能力が尋常じゃない。音楽的才能に加え、さまざまな才能があることが分かります。時系列的に小室さんの歴史が紐解かれていますが、これは意図的に?
神原一光 実は、当初の予定はそうではなかったんです。小室さんは、ミリオンセラーを記録した楽曲が20曲以上あるので、その曲にまつわるお話を聞くつもりでした。ところが、追加インタビューの1回目の時に、「僕はそもそもね」って小室さんの方から「前夜」のお話を切り出されたんですよ。想定外のことだったのですが、語られる内容がどれも面白く、これはもう委ねてしまおうと(笑)。音楽少年だった時代からTM NETWORK(以下、TM)としてデビューするまで。そして、女性アイドルに楽曲提供をしていく中で、プロデューサーとしての下地が出来上がっていく。一人のミュージシャンの立身出世的な話でもあるので、多くの人に響くだろうなって。第一章が前夜、第二章がミリオンセラー時代、第三章が復帰後のこれからのこと――。奇しくも、昭和、平成、令和を横断するような構成になったので、当初の予定よりはるかに読み応えのある内容になりました。もしかしたら、気がつかないうちに僕も小室さんにプロデュースされていたのかもしれませんね(笑)。
――なるほど(笑)。ですが、結果的に極めて資料性の高い本になっていると思いました。小室さんは波乱万丈な人生ですから、音楽以外のところにスポットが当たりがちですが、「音楽」にのみフォーカスを当てているからこその濃さだなと。90年代を振り返る上でも超優良書です。
神原一光 小室さんの音楽の本質は、“いかに作るか”ということに加え、“いかに届けるか”ということにもある。そこに強いこだわりを持っていらっしゃるんですよね。作るというのはアーティストの領域ですが、届けるとなるとマーケティングもあるだろうし、ブランディングもある。それを含めて音楽プロデューサーなんだと。例えば、90年代はカラオケが普及します。そのため、小室さんはカラオケで歌われる曲や盛り上がれる曲を意識して作る。ミュージックビデオもカラオケで流れたときに盛り上がるようなものがいいということでTRF(当時はtrf)の「EZ DO DANCE」のミュージックビデオをそのまま流せないか提案された。こうした点を考察することも、小室さんの音楽的価値を再定義する上で欠かせないエピソードだと思うんです。
WOWとYeahの「オープンソース化」
――『WOWとYeah』では、小室さんがB’zやMr.Childrenなどのアーティストから影響を受けていたことも明らかになっています。秘話のオンパレードというか(笑)。
神原一光 ミュージシャンが他のミュージシャンの名前を出して、自分の作品に与えた影響について話すことってあまりないですよね。ミュージシャン・小室哲哉だったら話してくれなかったかもしれません。プロデューサー・小室哲哉だからこそ、同時代のアーティストを意識してマーケティングしていたと明かしてくれた。一方で、GLAYのTAKUROさんが手がけた「HOWEVER」は、小室さんが手がけた安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBRATE?」があったから――といった、小室さんが与えた影響についても語られています。アーティスト同士が刺激し合って、自分なりのアンサーを作品の中に閉じ込める。そういった切磋琢磨が頻繁に行われていたからこそ、ミリオンという時代が築かれたんじゃないのかなって思います。
――『WOW WAR TONIGHT』が吉田拓郎さんを意識していたとか、目からうろこです(笑)。小室さんの音楽IQの高さもさることながら、昭和イズムもあったのかと。
神原一光 当時、松本(人志)さんの著書『遺書』が200万部を突破していたこともあって、浜田(雅功)さんが歌を出せば100万枚は超えられるという見立てをした上で、フォーク的な世界観の歌詞にして、カラオケでみんなが盛り上がる曲に設計する。200万枚も売れるのには理由があるんですよね。小室さんの音楽は、実験性と大衆性が見事にミックスされている。僕は、大衆音楽とかポップス音楽と呼ばれるものに定義ってないと思うんですよ。というのも、そのとき流行っているポップスって、ロックな曲もあれば歌謡曲っぽいものもある。結局、ポップスって世の中が決めるようなものだから、こちらから当てにいけるようなものでもない。そういう世の中との綱引きみたいものを、小室さんは緻密な戦略と戦術で自分の方へ手繰り寄せるわけですから、テレビプロデューサーである僕も勉強になるし、作り手と言われるような仕事をしている人は、ものすごく勉強になると思います。
取材・文=我妻弘崇
神原一光氏プロフィール
1980年、東京都生まれ。早稲田実業学校高等部、早稲田大学を経て、2002年NHK入局。チーフ・プロデューサーとして「天才てれびくん」シリーズや「平成ネット史(仮)」「令和ネット論」などを手掛ける。『ピアニスト辻井伸行 奇跡の音色』(文春文庫)など著書多数。
小室哲哉はなぜ空前のムーヴメントを起こせたのか? NHK「インタビュー ここから 音楽家・小室哲哉」をさらに深掘り独占インタビュー10時間!ミリオン20曲を軸に「ヒットの秘策」を聞き出す。小室哲哉が起こした空前のムーヴメントは、いかにして生成されたのか。ブレイク前夜からミリオン時代、そして令和の復活劇。TKの音楽的源流にフォーカスを当てた本書は、90年代の解像度を上げる資料性の高い一冊でもある。
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