音楽プロデューサーCMJKが語る“エアコンぶんぶんお姉さん”の1stアルバム
衝撃のデビュー作『AIR-CON BOOM BOOM ONESAN E.P.』から約1 年、エアコンぶんぶんお姉さんが1stフルアルバム『AIR-CON BOOM BOOM ONESAN REPUBLIC』を引っ提げて帰ってきた。今回、本作のトータルプロデュースを務めるCMJK氏に、前衛的かつ新鮮すぎるビートをふんだんに散りばめたフルアルバムの制作秘話を語ってもらった
シティポップへの反逆
――CMJKさんがエアコンぶんぶんお姉さんさんの楽曲制作に関わることになったのはどんな経緯だったのでしょうか。
CMJK 友人に映像関係の仕事をしてる人がいまして、その人とエアコンぶんぶんお姉さんさんが知り合いだったみたいですね。彼女は合唱部だったし歌がうまいという話から、自分の歌をやってみるつもりはないかということに勝手になっていたらしくて。その映像監督から「この人知ってますか?」と聞かれた時に、『全力!脱力タイムズ』でものすごいパフォーマンスをしたのが大好きで記憶に残っていたんですよね。僕はもともとノー・ウェイヴが大好きだったんですけど、やれる人いないよなと思っていたところに、あの人ならできるかもなと思って「やるやる」とふたつ返事で始まった感じです。
――例えばスターダストやハロプロのアイドルでノー・ウェイヴをやりましょうとはならないですもんね。
CMJK そんなもん絶対却下されるに決まってます! だってメロディーがないですし、参考音源とか映像とかでジェームス・チャンスとか本物のノー・ウェイヴを見せたら「ついにCMJKおかしくなったな」って思われておしまいですから(笑)。
――とはいえ、CMJKさんのお仕事は作家性がかなり強くて、好きなことをやられているイメージもあるんですよね。
CMJK そう言っていただけるのはありがたいです。これは僕個人の考えで、真逆の考えのクリエイターのほうが多いと思うのですが、僕にオファーが来たからには最大公約数を狙うのは逆に失礼だと思ってまして。例えば、みんながみんなそこそこ美味しいと思う餃子とかシュウマイってあるじゃないすか。王将とか崎陽軒みたいな。僕にオファーをしてくださるかたはそういうのじゃなくて、好きな人はすごい好きだけど嫌いな人はもう食べなくていいよ、みたいなことを求めてくださると思うので、ちょっとスパイシーにはしますね。
――そうしてCMJKさんらしい曲やアレンジができるなかで、それでもほかにこういうこともやってみたいという思いもあり、ちょうどそこにエアコンぶんぶんお姉さんという格好の演者が現れたわけですね。アルバム『AIR-CON BOOM BOOM ONESAN REPUBLIC』、すごくおもしろかったです。ノー・ウェイヴ路線ではなくさらにやりたい放題だったという(笑)。
CMJK ノー・ウェイヴをやること自体が世間への反逆だったんです。80sブームはずっとありましたよね。Night Tempoさんがいたりしますし、日本ではシティ・ポップと呼ばれ、海外ではシンセウェイヴ、レトロウェイヴと呼ばれるもののブームが10年近く続いているわけですよ。そこでノー・ウェイヴをやろうとしているのが海外でもブラック・ミディくらいしかいなくて、日本では皆目思いつかないなかで、女の子をつかまえてきてあれをやるっていうのがもうクレイジーだった。でも、ある種の反逆として始まったので、その路線をずっと踏襲し続けたらそれはもう反逆じゃなくなっちゃうじゃないですか。反逆の反逆をやらなきゃいけない。なので、EPとまた違うことをやらないとなというのは最初から思ってました。
――アルバム一枚プロデュースするとなると、単発のオファーと違って様々な見せ方ができると思うのですが、どういうふうに進めていったのでしょうか。
CMJK 制作に丸1年かかっているんですけど、最初にお品書きみたいに全12曲でこういうことをすると決めてから作りました。1曲目は某近い国のアナウンサーみたいなのにしようとか、もう全部決めて、その設計図通りにやっていったんです。
――へー! ここでアンビエント、ここでドラムンベース、といった具合なんですね。その設計図を作る際にどんなことを考えましたか?
CMJK あの人は芸人さんという本分がありますから、「なんじゃこりゃ」って思ってもらえることが第1の目的なんです。例えばドラムンは今、ロンドンでめちゃくちゃメインストリームなんですけど、まだこっちにおりてきてませんよね。僕のことをすごくかわいがってくれていた兄貴分の朝本浩文さんが生きていたらとっくにやってただろうなというが常に頭にあって、早くやらなきゃという思いがあったんですね。
――たしかにRam Jam Worldは今の時代にもハマりそうですよね。
CMJK そうですそうです。アンビエントにしろドラムンにしろ、大手でできないことをとっととやっちまえっていうのはありましたね。エアコンぶんぶんお姉さんの事務所は吉本興業という大手ですけど、ドロップするのは僕のレーベルなので。吉本にその設計図を持っていって「これくらいかかります」と伝えたら「どうぞそちらでやってください」って言われちゃったので、好きにやりました(笑)。
――ご本人も音楽活動に関してはポジティヴなんですよね。
CMJK そうですね。「もうやりたくない?」って聞いたら「やりたい」と言っているので。ドラムンもデモをもらうまでは知らなかったみたいですけど、こういうのがあるんですねって感じでガンガン食らいついてきてくれました。僕が言うのもなんですけど、歌が上手いですし。
――それも大きいですよね。ご本人が歌えるからこそ、だったらあれもやってみようとできるわけで。
CMJK 元合唱部だったのならそれを見せてもらおうと思って作った曲もありますしね。というか、デビューの時に本人が「歌うと思ったら叫ぶだけかよ」って言ってブチギレてたので、じゃあメロディ書くわ、やれるものならやってみろという感じです(笑)。
――(笑)。以前見たライブもかなりパンキッシュだったので、アルバムではしっかり歌う曲も多くていい意味で裏切られました。プロデューサーからしてもすごくやりがいのある存在なのだろうなと。
CMJK しかも、機材トラブルでちょっと音出なかったりしてもトークができるから安心して見ていられますしね。客いじり始めちゃったりしますから。やっぱり芸人さんってすごいんだなと思います。
CMJKプロフィール
1967年8月21日生まれ、宮城県出身。音楽プロデューサー/作曲・編曲家。1991年、石野卓球、ピエール瀧とともに電気グルーヴとしてデビュー。脱退後はCutemen~Confusion~Alex incとのユニットを経て活躍し、90年代初頭の黎明期だった日本のクラブ/テクノシーンの礎を築く。作家としては、浜崎あゆみ、Kis-My-Ft2など多数アーティストへの楽曲提供を行うなど今も第一線で活躍している。