漫才冬の時代から年末の風物詩に!『M-1はじめました。』著者 谷良一氏インタビュー
ブブカがゲキ推しする“読んでほしい本”、その著者にインタビューする当企画。第62回は、『M-1はじめました。』の著者である谷良一氏が登場。今や年末の風物詩となった国民的イベント『M-1グランプリ』。その黎明期には、何が起こっていたのか――。生みの親が語る、漫才の夜が明けるとき。
漫才「を」やりたい
――本書は、『M-1グランプリ』の誕生背景と、開催にいたるまでの紆余曲折が描かれています。なぜ、このタイミングで創設の背景を書こうと思われたのでしょうか?
谷良一 昨年、『笑い神 M-1、その純情と狂気』という書籍が発売されたのですが、その本の中で僕の名前がちょいちょい出てくるんですね。もともと、東洋経済新報社の出版局の方と知り合いだったこともあって、「谷さん、『M-1グランプリ』誕生の背景をノンフィクションとして出版しませんか?」とお話をいただいたんです。僕は、2020年に吉本興業ホールディングス取締役を退任した後、大阪文学学校で小説の修業をして、谷河良一名義で小説家デビューしました。『M-1グランプリ』誕生をモチーフとした小説を書いていたこともあったので、ノンフィクションとしてあらためて書けば――そんなふうに安易に考えていたのですが、いざノンフィクションとして書き始めると、小説とは勝手が違って大変でした。実際に書き上げるまで苦労しました(苦笑)。
――読み進めていくと、誕生から開催までの流れが、時系列としても理解できます。これまで、こうした前日譚のようなことは語られていなかったのでしょうか?
谷良一 そう思いますね。第一回大会である『M-1グランプリ2001』の決勝が放送されたことで、世間の人はM-1という存在を認知しましたから、もともとテレビの企画やと思っていた人は多いと思います。賞金1000万円にしても、スポンサーにしても、最初から用意されていたものと思われがちですが、実際はそうじゃないんです。
――「ミスター吉本」の異名をとる木村政雄常務から言い渡された、「漫才を盛り上げるプロジェクトをやれ」という号令がきっかけだったとは知りませんでした。まさか、無茶振りからすべてが始まったとは(笑)。
谷良一 当時は、関西圏でも漫才番組は、ほとんど放送されていない状況でした。お昼に『お笑いネットワーク』(読売テレビ)という演芸番組が放送されていたのですが、その中で漫才が披露される程度。あとは、『上方漫才まつり』(毎日放送)といった特番が秋と春に放送される、あるいは『上方漫才大賞』のような賞が放送されるなど、テレビで漫才を見る機会は減少していたんです。
――東京では、『爆笑オンエアバトル』が放送されているくらいでしたから、てっきり関西は関西で漫才が溶け込んでいると思いきや……。一方で、90年代には、心斎橋筋2丁目劇場を中心に、若手が台頭していきます。生きのいい若手はいるけれど、漫才をしている人は少なかったと?
谷良一 若手の中にも一部はいたと思いますが、世間的に見れば、ほぼゼロの状況やったと思います。当時は、心斎橋筋2丁目劇場が閉館して、baseよしもと(99年9月開館)が若手芸人の拠点になっていたわけですが、仮に漫才をしていたにしても、10代の女の子のファンにウケるような漫才ばかり。ネタも漫才とは名ばかりで、実際にはダウンタウンに感化されたフリートークです。あまりにそうしたネタが増えてしまったため、支配人が漫才禁止令を出したくらいでした。
――漫才に対する向かい風が吹き荒れている中で、谷さんは漫才(を盛り上げるための)プロジェクトを模索する。そして、芸人たちと個人面談をし、漫才に対する思いを確認していきます。
谷良一 テレビになかなか出れなくなったベテランさんが、「漫才をやりたい」と話すことは想像できました。ただ、若手……キングコングなどに話を聞いても、「漫才をやりたい」という。彼らが、そうした積極的な考えを持っていたことは意外でした。てっきり、若い世代にウケればいいと考えているものだと思っていたんですね。若い子たちが漫才をやりたがっているという事実は、僕自身、驚きやったしうれしかった。「漫才師やから、漫才だけで食えていけたら、それが一番いいんや」という意見を聞くことができたことで、漫才プロジェクトの輪郭が見えてきたというか。
――そして、島田紳助さんとの話し合いの中で、ガチンコの漫才大会、賞金1000万円というアイデアにつながると。
谷良一 紳助さんのアイデアを聞いて、「これや」と思いました。スポンサーもすぐ見つかるし、テレビ局もすぐ付いてくれるだろうと思っていた……ところが、そこからが紆余曲折の連続です。
――武闘派ではないですが、谷さんご自身が、いろいろな人と丁々発止をしている様子が描かれています(笑)。
谷良一 やっぱりリーダーとして、譲れない思いもありましたからね。こっちの方が絶対おもろいやろみたいな(笑)。
――ははははは! 知られざる事実が次々と明かされていく本書ですが、特に意外だったのが、第一回大会のチャンピオンである中川家のお二人が、エントリーを渋っていたという事実です。
谷良一 漫才のコンテストやといっても、テレビ局やラジオ局が主催するコンテストではない。そうしたコンテストよりも下の、吉本がやる打ち上げ花火のような大会やと思われていたんですね。吉本がやることですから、賞金1000万円もウソ。大会後に「そんなんあるわけないやろ」と言われる……そんな疑心暗鬼を抱く芸人も少なくなかった。また、中川家は、剛くんがパニック障害になったことで、仕事を干されてしまったという過去もある。そうした不信感もあって、売れることに対して期待をしなくなっていたのかもしれません。
取材・文=我妻弘崇
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谷良一プロフィール
谷良一=たに りょういち |元吉本興業ホールディングス取締役。1956年滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業後、81年吉本興業入社。横山やすし・西川きよし、笑福亭仁鶴、間寛平などのマネージャー、「なん ばグランド花月」などの劇場プロデューサー・支配人、テレビ番組プロデューサーを経て、2001年漫才コンテスト「M-1グランプリ」を創設。23年、雑誌『お笑いファン』で谷河良一名義で小説家デビュー。
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LITTLE×R-指定
後編「あらかじめ決められた韻たちへ」
【BUBKAレポート】
・Book Return
第62回 谷良一
「M-1はじめました。」
・すべての球団は消耗品であるbyプロ野球死亡遊戯
#15「1958年の加藤近鉄」
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#36 sty
・宇多丸のマブ論
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