R-指定が語る、団地が生んだ「路上の詩人」O2
“新宿拡声器集団”MSCの一員として異彩を放ち、ソロでは『STAY TRUE』をリリースしたラッパー・O2について、R-指定がどこよりも深く考察した。
生理的な怖さ
――Rくんにソロで「異常な愛情」を語ってもらおうと思いますが、「MSCのO2について語りたい」と言うのは……この令和の時代に渋すぎ! そしてこの企画ならではの人選なので、是非解説をお願いします(笑)。
R-指定 ハハハ。これまでもこの企画でお話してる通り、中学校の頃は、リップスライムやSOUL ‘d OUTのようなJ‐POPシーンでも人気のあったラップも聴きつつ、ライムスターとかラッパ我リヤ、キングギドラみたいなハードコア、ヒップホップ然としたヒップホップも並行して聴いてたんですよね。そして後者みたいないわゆる「さんピンCAMP勢」は自分にとってはすごくアンダーグラウンドやと思ってたし、「こんなん、この中学で聴いてるのは俺だけやろ……」とか思ってたんですよね。
――「人よりマニアックなものを聴いてる俺」みたいな。分かりやすく中2病が発症してたんだ(笑)。
R-指定 で、中3の時に、中1の後輩から「ヒップホップ好きなん?」みたいに言われて、「キックとかSOUL ‘d OUT、あとギドラとかライムスターも好きやで」みたいなこと言ったら、その後輩が「俺はCOE-LA-CANTHとか漢が好きやねんな」と言ってきたんですけど、俺は全く知らんくて。俺が学校で一番ラップが詳しいと思ってたから、「やば!」みたいな(笑)。
――ハハハ。自信が崩れる瞬間が(笑)。
R-指定 「俺が一番アンダーグラウンドやと思ってたら、もっと深いダークウェブにいるやつがおった!」と(笑)。それで最初は漢さんの「B-BOY PARK」のバトルを見たんですけど、「腐乱死体見るようながんじがらめの中」みたいな(「BBP2002」MCバトルの決勝、漢VS般若戦)、すっげえ怖い言葉遣いに震え上がったんですよ。さらにMSCの音源を聴き始めたら、めっちゃラップは格好いいし気持ちいい、でも言ってることは滅茶苦茶怖い!みたいな。TSUTAYAで最初にレンタルしたのが『帝都崩壊』だったんですけど。
―― Rくんが日本語ラップを借りてたTSUTAYA、品揃え良すぎだよね(笑)。
R-指定 それこそ“快感”を聴いて、「え! めっちゃ怖い!」「でもエロいことも喋ってる!」 〈クソガキにボコられ撲殺〉「……やっぱ怖!」〈小泉総理もダルそうにしてると顔面頭突き〉「……え、どういうこと?」みたいな(笑)。「エロい! 怖い! 変!」と、完全に混乱しましたね。めっちゃ振り回される感じで、「なんなん、これ!?」と。
―― 確かに、A.K.I Productionみたいに、ホラーもエロも「演じる」みたいなスタイルはあったけど、それはギャグとして提示してた。でもMSCは「演じる」ではなかったし、むしろそれを許さない側。“快感”はちょっと置いといても(笑)、だからこそ『帝都崩壊』には「生理的に警戒を感じる不気味さや怖さ」があった。
R-指定 その怖さの根源は、ビートや歌ってる内容もそうなんですけど、「諦め」やったんかなと。ストリートやゲットーを書くにしても、「このゲットーを抜け出して」「ストリートからマイクで成り上がって」みたいな熱い感じよりも、「出口なんてない」と諦めながら淡々と描写していくのが、俺にはめっちゃ怖かった。「光がない」みたいな、めちゃくちゃ荒んだ中で、「生き残る」ことこそが唯一の希望みたいな、自暴自棄感が怖かったんやなと、振り返ると思いますね。そして、その雰囲気を一番出してたのが、O2 さんやったと思います。
――O2はラップのテンション自体が低いし。
R-指定 そう。漢さんは捲し立てたりスピットもするし、PRIMALさんは高音でオモロいフロウや、突然〈ハイレグ姉ちゃんと遊ぼう〉(“路上の灯”)みたいな変なことも言い出すし(笑)。
――TABOO1はグラフィティライターという側面もあってか、ストリクトリーなB-BOY感があるし。
R-指定 ラップ的にもグッと気持ちを込めたりするじゃないですか。でも、O2さんはずっと一定の、しかも低い感情がラップに出てるんですよね。
――“音信不通”の〈どうしたの? 目出し帽なんか被って〉からのラインの飄々とした熱の無い感じも、いい意味で薄気味悪いし。
R-指定 「闇金ウシジマくん」で例えると、漢さんはウシジマ側なんですよね。路上のしがらみとか、暗黙の了解みたいなところを見極めて、冷静にそれをかいくぐっていく。でもO2さんが債務者とかコマにされる側にフォーカスして、それをすごい冷徹な目線で書くみたいな怖さがある。
――“神田リバサイ”がまさにそうだよね。
R-指定 あれこそ「ウシジマくん」ですよね。「ウシジマくん」の初期にO2さんが書いたようなエピソードがあるんですけど、ウシジマくんの作者の方がO2さんとかMSC周りの環境をモデルにして、それを読んでO2さんも曲にする、みたいなお互いに影響しあってたんかな、と勝手に思ってます。
――RUMIもMEGA-Gのヴァースも怖いんだよな。
R-指定 RUMIさんとO2さんは黄金タッグですよね。1ヴァース目でO2さんが〈粉吸ってりゃ俺は天才〉とラップして、2ヴァース目のRUMIさんが同じ場所で〈足を開けば私はクイーン〉と言ってるのも、構造としてもめちゃうまい。RUMIさんのリリックの女性も不憫なんですよね。こういう映画あったじゃないですか。
――『レクイエム・フォー・ドリーム』?
R-指定 いや、日本の映画で。
――『嫌われ松子の一生』とか。
R-指定 それそれ! 映画もそうですけど、こんな怖い話なのに内容として良く出来てるんですよね。〈近所のガキがバケモンと指差す〉、怖いですね……。
――『横浜メリー』のイメージだよね。
R-指定 あー、そうだ! O 2 さん、RUMIさん、MEGA-Gさんの書く登場人物みたいな転落の仕方が無数に、今も実際あるやろうしと思うと、ホントにいたたまれない気持ちになりますよ。
――そんな救いのない話が、〈踊れ 一度きりのライフ 生き残れ〉という、もはや何も言ってないレベルのポジティブな言葉で終わるのも、むしろ怖さ増すよね(笑)。
R-指定 その1ライン前は、〈掘れ 自分の墓 最後だし〉とか言ってんのに、最後に「でも、頑張っていこうや!」みたいな(笑)。
――「死なば諸共!」みたいな自暴自棄な感じもあるよね。『仁義の墓場』の石川力夫タイプ(笑)。
R-指定 あと中学校の時に怖かったのが“六丁目団地”。友達を追悼する曲なんですけど、そういう曲のビートって哀愁っぽかったり、逆に明るくて爽やかみたいな曲が多いじゃないですか。でも、この曲はめちゃくちゃドープなんですよね。
―― 12インチ収録版と『新宿ST REET LIFE』に収録の“六丁目団地(MSW MIX)”はちょっとアレンジが違って。アルバム付属のDVDに入ってるMVの音がオリジナルだね。
R-指定 ちゃんとリリックの意味を追うと、O2さんのリリシストぶりが冴え渡ってるし、追悼の気持ちを「必ず通る道の先駆者に告ぐ」みたいに表現するのもやっぱスゲえと思えるんですけど、それでもあの淡々としたラップとトラックが組み合うと怖すぎる(笑)。フックの〈徘徊 11階から13階 仮の身体だら〉……「仮の身体だから」ですよ? (笑)
――宗教っぽいモチーフだよね。「身体は消滅しても魂は流転する」みたいな。
R-指定 そうなんです。死んだ仲間とか死っていうものに対しての、「現世にあるのは身体だけやから、死んでも魂は残ってる」みたいなイメージを、この言葉にぎゅっと詰めてる。そういう全ての要素が絡み合って、O2さん色全開の仲間への追悼曲みたいな感じで、めっちゃ今はウルっとくる曲に変わりましたね。この曲も含めて、作品を紐解いていくと、O2さんが標準装備してる低い温度、ある種の諦めとか絶望みたいなところが、O2さんが育った環境や日常に流れる空気感から由来するものなのかなと。
聞き手・構成/高木“JET”晋一郎
R-指定プロフィール
1991年、大阪府出身。Creepy Nuts、梅田サイファーのMCとして活躍中。バトルMCとしても、2012年からの「UMB」3連覇をはじめ、テレビ朝日『フリースタイルダンジョン』での2代目ラスボスなど、名実ともに「日本一」の実績を誇っている。