【BUBKA11月号】天龍源一郎がレジェンドレスラーについて語る!ミスタープロレス交龍録 第35回「大木金太郎」
9月30日に発売された「BUBKA11月号」より、注目の記事を抜粋して紹介する。
天龍源一郎は、その40 年間の“腹いっぱいのプロレス人生”で様々な名レスラーと出会い、闘い、交流した。ジャイアント馬場とアントニオ猪木の2人にピンフォールでの勝利を収めた唯一の日本人レスラーであり、ミスタープロレスとまで称された天龍。そんな天龍だからこそ語れるレジェンドレスラーたちとの濃厚エピソードを大公開しよう!
力道山門下三羽烏全員とシングルで対戦 日プロの頑ななプロレスを守る人だった
この本の発売日の9月30日は、ジャイアント馬場さんとアントニオ猪木さんがデビューした日なんだよ。1960年だから61年前……この俺が小学校5年生の時なんだから、はるか昔だよね(苦笑)。そう考えると、体調を崩されていた猪木さんが退院して「元気ですかーっ!」ってやっているのは凄いことだと思いますよ。そこで今回は、猪木さんのデビュー戦の相手だった大木金太郎さんとの思い出を語らせてもらうよ。
ふと考えたら馬場さん、猪木さん、大木さん……力道山門下三羽烏と呼ばれたお三方全員とシングルマッチをやっているのは俺ぐらいじゃないかと思う。もちろん、お三方がメインイベンターになられてからの話だけどね。
相撲時代の俺は「相撲取りたるものは」みたいな気持ちが強くて、若い衆がプロレスを観に行ったり、テレビで観ているのを怒ってたぐらいだから、馬場さん、猪木さん、大木さんの名前を知っていても、ピンとくるのは猪木さんだけだったんだよ。何でかって言ったら、猪木さんと婚約した倍賞美津子さんが慈善大相撲にゲストとして来た時に「ああ、この人がアントニオ猪木と結婚する女優か」って思って、そこから猪木さんの存在が俺の中にインプットされたんだよ。
大木さんと初めてお会いしたのは、俺が相撲を辞めて全日本プロレスに入って、記者会見の後に合流したシリーズ(76年10月の『ジャイアント・シリーズ』)。アブドーラ・ザ・ブッチャーも来ていたけど、大木さんとキム・ドクの韓国師弟コンビが外国人側というか、敵方のエースだったね。印象に残っているのは、大木さんが頭を白い包帯でグルグル巻きにして試合していたこと。シリーズ前に韓国で交通事故に遭ったと聞いて「大丈夫なの?」って心配したよ、それでヘッドバットやってるんだからさ。
――続きは発売中の「BUBKA 2021年11月号」で!
天龍源一郎|1950年生まれ、福井県出身。1963年に大相撲入り。1976年のプロレス転向後は「天龍同盟」での軍団抗争や団体対抗戦で日本・海外のトップレスラーと激闘を繰り広げ、マット界に革命を起こし続ける。2015年の引退後もテレビなど各メディアで活躍中。
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