2023-02-04 18:00

椎名誠「体験してみることに価値があるんですよね『おとなしくしておこう』はよくない」

「失踪願望。コロナふらふら格闘編」著者・椎名誠
「失踪願望。コロナふらふら格闘編」著者・椎名誠
写真=内海裕之

ブブカがゲキ推しする“読んでほしい本”、その著者にインタビューする当企画。第51回は、『失踪願望。 コロナふらふら格闘編 』の著者・椎名誠氏が登場。シーナ、78歳、よろよろと生還す――。コロナに罹患し生死の境をさまよった作家は、コロナ禍の日々をどう駈け入ったのか。ずんがずんがな時代を経て、老境を迎えたシーナワールドが伝えたいもの。

コロナ最大の弊害は

――本書は、コロナ禍の只中である’21年4月~’22年6月の日記を軸に構成されています。椎名さんご自身もコロナに罹患し、その顛末が綴られているわけですが、書き下ろし「新型コロナ感染記」を読むと、危機的状況だったことがわかります。今現在、体調は戻ってきたという感じなのでしょうか?

椎名誠 かつてを100としたら、今は65ぐらいかな。本調子を忘れちゃいましたね(笑)。最近は、あちこち出かけることも復活してきて、だいぶ良くなってきました。ただ、コロナってしぶとい奴で、自分の元気な頃がどうだったかということをなかなか思い出させてくれないですね。

――お酒の量はいかがでしょう?退院後、椎名家では禁酒法が施行されたと書かれています。椎名さんといえば、気持ちよくビールを飲む姿が印象的ですから。

椎名誠 アホをさらけ出すみたいだからあんまり言いたくないんだけど、毎日飲んでますね。今年は、黒生に目覚めちゃって、黒と普通のビールを混ぜてハーフ&ハーフにして飲んでいます。退院してからずっと飲んでいるから、お酒の習慣がなくなることはないかな。

――「ホッとした」と言うと変かもしれませんが、ホッとしました(笑)。「失踪願望。」というタイトルは、椎名さんご自身が付けたものなのでしょうか?

椎名誠 以前、『遺言未満、』という本を出したのですが、『失踪願望。』は地続きでつながっている。ほぼ同じチームで手掛けたわけですが、編集者が賢い人で、センスのあるタイトルをつけてくれるんですね。『失踪願望。』というタイトルが気に入って、僕も追従してしまった。

――椎名さんは、世界のさまざまな場所へ旅する作家としても知られています。旅は、漂流といった側面を持ちますから、どこか「失踪」というイメージと重なるところがあります。若い頃の失踪願望と、今の失踪願望は違うものですか?

椎名誠 やっぱり違いますよね。若い頃に、失踪願望なんて言うと、しゃらくさくて反感を持ってしまうけど、ヨボヨボになって、そういう言葉を口にすると迫力がありますよね(笑)。失踪というのは言葉としてはキラキラと輝いていて、誰もが一縷のあこがれを抱いた世界だと思う。でもね、実際には失踪なんてできないんですよ。明日どこに泊まるのかっていう問題に直面するし、そんなことができるのは訓練された人たちだけ。のうのうと自宅の暖かい布団で寝ているような老人には、あこがれの世界なんだ――そんなことを僕の親友である文芸評論家(の目黒考二さん)は見抜いてましたね。やっぱり願望なんですよ。

――本当に失踪したら、捜索願が出てしまいますからね(笑)。椎名さんは、世界の辺境を旅するとき、漠然とした失踪的な願望よりも、好奇心や探求心によるところが大きかったのでしょうか?

椎名誠 好奇心と、ある種の実行力みたいなものが絡まって、ひょっとするとこのまま失踪という事態になってしまう……ということもありましたよね。たとえば、皆さんは無人島にあこがれを持つかもしれない。でも、実際は悲惨なところですよ。僕は、まったく言葉が通じないニューギニアの島に置き去りにされたことがあった。写真を撮りたかったので、一便の船に乗らず、そのあとに来る二便に乗ろうと判断した。ところが、海が荒れたため二便は来ず、途方に暮れるしかなかった。失踪って、一瞬の判断間違いから起こるもの。パピプペポ系の言葉を話す現地住民は、何を話しているのかさっぱりわからないから、なんとかジェスチャーで意思疎通して、サメの肉なんかを食わしてもらいましたね。疲れ果てて眠たくなるんだけど、夜になったら船が来るかもしれないからなかなか寝ることができない。それで、ぼんやりと沖を眺めてると、単なる海の波ですら船の幻のように見えてきて、ついには「もし船に乗って転覆したら俺はどうなるんだろう」とか嫌な妄想をし始めるわけです。本当に失踪願望があったら、そんなことを考えない。毅然とした態度がないと、失踪なんてできないんですよね。

――たしかに、本当に失踪願望があるのなら、ぼんやりと海を眺めることはしない気がします。

椎名誠 そうなんですよね。映画や物語はウソ。みんな沖を眺めているじゃないですか。帰りたいんですよ(笑)。

――本書は、コロナ禍の日常が大きなテーマの一つだと思います。外出自粛をはじめ行動制限が敷かれたことで、どこかへ行きたいという願望を抱いた人は多数いたと思います。こうした強制的な社会の変容は、椎名さんの目にはどのように映ったのでしょうか?

椎名誠 自分の見ている世界はどれぐらい冷静なんだろうか、他の人はどういう風に見えているんだろうか……そんなことをいろいろな場所へ行くたびに考えていましたね。この前、盛岡に行ったんだけれど、同じ日本に暮らしていても、考えていることが違うように思えたんですよ。東京というのは猥雑な変な世界なので、そこに慣らされてしまってる自分は、よその土地から見ると異常なんだろうなって。コロナは、普段考えないようなことを考えさせてくれるきっかけを、いくつも作ってくれたと思います。

――飲みに行けない、旅やキャンプもできない。『失踪願望。』では、自宅でおとなしくしている椎名さんの日常が綴られています。“停留しているシーナ”は新鮮であると同時に、我々の葛藤を代弁してくれているようでもありました。

椎名誠 忌々しいですよね。ささやかな楽しみが奪われたわけですからね。でも、日本でコロナが流行り始めてから半年ぐらいして諦めました。違う世界なんだと思うようにしましたね。コロナは日本人の意識や感覚、風景を変えたと思います。罪な奴ですよ。こんなに長い間、自宅にいることもなかったから、僕は初めてテレビのワイドショーというものをじっくり見ることになった。テレビに向かって文句なんか言ったりするんだけど、それはそれで楽しんでしまう自分もいてね。受け売りの言葉もあるんだけど、たくさんの視聴者が見ている中で、「よくそんなことが言えるな」とかコメンテーターの度胸に感心したりしてね。すっかりテレビジジイになってしまった(笑)。コロナの最大の弊害ですよ。

――インタビューの続きは、発売中の「BUBKA3月号」で!

取材·文=我妻弘崇

椎名誠=しいな まこと|1944年、東京生まれ、千葉育ち。1979年『さらば国分寺書店のオババ』刊行。89年『犬の系譜』で第10回吉川英治文学新人賞、90年『アド・バード』で第11回日本SF大賞を受賞。『岳物語』等の私小説、『水域』等のSF小説、『出てこい海のオバケたち』等の写真エッセイまで著書多数。ジャンル無用の執筆生活を続ける。

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