なんてったってキヨハラ第18回「苦悩の日の1993」
そんな破竹の快進撃を続けるTF砲に押されていたのが、93年のKKコンビである。25歳の清原和博は、前年暮れの契約更改で2000万円アップの1億2000万円提示を7年目にしてプロ初の保留。3年連続日本一チームの四番打者がこの評価か……と愕然とするが、ハワイV旅行中に黒江透修ヘッドコーチから、「現場の査定では清原は辻に次いで野手ナンバー2のはず。3000万円上がる秋山(1億7000万円)は5番目の貢献度しかない」なんて他の主力選手をディスって持ち上げる異例の援護射撃だ。背番号3は帰国後の交渉で800万円の上積みを勝ち取り、1億2800万円でサインする。さらにともにAKD砲を担ったデストラーデは、93年から大リーグ新興球団のフロリダ・マーリンズへ移籍。3年連続ホームラン王に対して球団があえて強く引き留めなかったのも、「今年こそ清原にタイトルをとりやすい環境を作ってやろうという親心もあった」と一部週刊誌では報じられた。飯島愛と飯島直子が全然違うように、“気遣い”と“過保護”も微妙に違う。組織からの過剰な庇護は、やがて意志や才能をスポイルしてしまう。
同じくライバル桑田真澄も背水のシーズンを迎えていた。ダウン提示に越年した契約更改は、右肩痛を抱えながら6年連続二ケタ勝利の達成に加え、野手顔負けの一塁までの全力疾走をアピールするも、「(前年10勝で)14敗もしているやつが何言ってんだ。14敗もしたら相撲だって陥落するんだ。生意気なこと言うな」なんてナベツネ社長から一喝され、年明け2度目の交渉は8880万円であっさり陥落。傷心の自主トレ中、今季の目標を色紙に「Great」と英語でしたためる1秒も笑えないマスミギャグを炸裂させるのであった。
ワイドショーが貴ノ花の20歳5カ月の最年少大関昇進で盛り上がるのを横目に、8年目の背番号3は春先から順調なスタートを切る。悲願の打撃タイトル獲得のため1月6日から連日200球のティー打撃をこなし、マウイキャンプが始まってからもチーム練習後に宿舎の特設打撃場で黙々と打ちこむ。「まあ、練習中のサク越えとか何とかは、松井や一茂さんにまかせるとして、ボクと秋山さんはもっと高いレベルを目指しますよ」と長嶋監督復帰にゴジラ&カズシゲフィーバーで沸く巨人キャンプをチクリ。宮崎キャンプには宮崎市の人口約29万人を上回る計30万500人が詰めかけ、マスコミもトータル85社、1205人というオリンピック規模の熱狂を生み出した。おかげで右肩に加え右足太もも張りを訴えて、「開幕に大丈夫かって? 開幕だけがすべてじゃありません。もっと長い目で見てください」なんつってマイペース調整を続ける桑田がまったく目立たないミスター狂騒曲である。