西寺郷太、26年の歴史に幕…V6が追究し続けたアイドル像【BUBKAアワード】
――それだけ親しい間柄なら、解散を知った時は悲しみも強かったのでは?
西寺 うーん、もちろん残念ではありましたが、悲しいというのとは少し違ったというか。
――と言いますと?
西寺 光GENJIは大沢樹生さんと佐藤寛之さんが脱退されて、光GENJI SUPER5となったのちに解散。振り返るとジャニーズで全国ツアーをやって、オリジナルメンバーのまま解散したグループはシブがき隊以来らしくて……。そもそも10代のメンバーもいる中で結成してグループが26年続くというのは世界のアイドル、バンドでも稀なことです。解散は残念なんですが長いキャリアと輝かしい実績を築いて、メンバーが1人も辞めずに最後まで全力でファンに向き合って解散まで貫徹したのは本当にすごいことですよ。それもこのコロナ禍で。
――そんなV6と郷太さんの交流が始まったのは、楽曲提供がきっかけですよね。
西寺 ですね。マイケル・ジャクソンが09年6月に亡くなってから、映画『THIS IS IT』のヒットもあり「やっぱりマイケルって良いよね」と世間が盛り上がったのが2010年代初頭。そんな中、僕がマイケル的なリズミックな言葉使いだったり、音楽を作れる、と沢山の方から楽曲提供のオファーが届きました。V6側からもお話しをいただいたのはそんなタイミングだったかな?と思います。10年にリリースされた11thアルバム『READY』で、『ダンシングマシーン』という曲をトニセン(20th Century)に書いたのが最初のお仕事でした。