村瀬秀信「1300gカレー」に魅せられて…栄枯盛衰・輪廻転生の飲食チェーン津々浦々
ブブカがゲキ推しする“読んでほしい本”、その著者にインタビューする当企画。第57回は、『地方に行っても気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』の著者である村瀬秀信氏が登場。「なぜチェーン店に魅せられたのか?」。そう質すと、「呪われているだけ」と、チェーン店巡りの達人は笑う。チェーン店には――、ドラマがあるのだ。
1300gカレーという宇宙
――「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」シリーズは、本書で第三弾となります。’07年の春から続く、『散歩の達人』の人気連載です。
村瀬秀信 チェーン店へ行くことが、すっかり“呪い”になってしまいました。先日、某文学賞の発表があったのですが、実は僕の作品が最終選考まで残っていまして。野球をテーマにした作品で、約4年を費やして取材をしました。おかげさまでとても評価も良く、手応えがあったので、僕も受賞する気満々で。帝国ホテルの斜め向かいにある『すしざんまい』で、一人待ち会をして電話を待っていたんです。ところが、受賞は他の作品に決まったと報を受け、まぁ、それは全然しょうがないことなんですけど、ふと、そんな人生の大事な場面でも『すしざんまい』を選んでしまう自分に気が付いてしまいまして。人生のいつなんどき、どんな場所であろうと、「チェーン店に入ればネタになる」という思考になっている。つまり、いかにチェーン店の呪いにかかっているかを改めて痛感しました。
――さすがブレていないというか(笑)。本作は、地方のチェーン店にフォーカスを当てています。
村瀬秀信 タイトル通り、出張でせっかく「地方に行ってもチェーン店ばかりでメシを食べてしまう」という呪いの権化です。この本って、本当はもっと前に発売される予定だったんですよ。ところが、コロナ禍になってしまって、「地方でご飯を食べましょう」なんて言える状況ではなくなってしまった。3年以上前に訪問したお店もありますから、情報が古くならないようにあらためて調査したチェーン店もあります。実際、本の中でタピオカのお店に触れていますけど、完全にブームが終わっていますからね。交通費が支給されるわけではないので、地方へ行く機会があるときに紐づけて訪れていたんですけど、どうして自分は地方に行ってまでチェーン店に入っているんだろうって何度も思いましたよね。
――読むと分かるのですが、実際に訪問しているからこその面白さがあります。せっかく地方へ行くのに、あえてチェーン店に突撃する姿勢に感心してしまいます。
村瀬秀信 知らないチェーン店が出てくると吸い込まれちゃうんですよ。昨日も、高校野球の取材で編集者と千葉まで行ったんです。その帰りに、聞いたこともない千葉の焼肉チェーン店があったので吸い込まれていました。炎天下の中で取材していたわけですから、「なんかさっぱりしたもん食いたいっすね」とか言っていたのに、「ここ見るの初めてだ」なんつって知らないチェーン店に入っちゃうんだから、もう呪いですよ。本当は、僕だって地元の名産みたいなものが食べたいですよ。でも、昨年天下一品がやった全国スタンプラリーのみたいなもので、どこへ行っても天下一品しか食べられなくなってしまう――そんな状況を自ら作り出している。
――とはいえ、村瀬さんの文章からは、“チェーン店愛”が伝わってきます。
村瀬秀信 ありがとうございます。ファミレスが誕生した70年代に生まれた僕ぐらいの世代は、人生の各場面にチェーン店との思い出がありますからね。1989年に開催された横浜博覧会では14歳でした。テーマは「宇宙と子供たち」。最新の未来を見せて勉強に励んでもらおうと親は考えたのでしょう。でもそこにはCoCo壱番屋が出店していて、僕は「1300gカレー」というとんでもない宇宙を見てしまいました。20分で完食すればタダ。完食した大学生のお兄さんがヒーローみたいに祝福されて、そこからの僕はアレを完食するという未来に心奪われてしまいました。今だったら殴ってでも「そいつに憧れるな」と言ってやりますけどね。ココイチのトッピングやガストのドリンクバーなど、皆さんにもチェーン店に未来を感じた体験ってあるはずだと思うんですよね。
――僕の場合は、それがドムドムだったかもしれない。チェーン店って、身近な存在だからこそ、紐づく思い出もたくさんありますね。
村瀬秀信 一部の例外を除いて、チェーン店はコンビニと同じようなものですからね。どこにでもあって、ハズレを引くこともそうそうない。サウナではよく言われていますけど、僕はチェーン店に行くとすべてが「整う」んですよ。今、取材を受けているロイヤルホストでハンバーグを食べているとき、もうこれ以上何も起きようがない。一番無警戒な状態です。一方、ちょっとでも細かいルールがあるような店に入ると、いろいろと警戒しなきゃいけない。馴染みの店もいいけど、知り合いがいると人間関係が煩わしく思う時もある。チェーン店は、世間話もしなくていいですから。ただ例外もあって、昔、事務所の近くのジョナサンによく行っていたんですけど、夜中に行くと、深夜シフトのおばちゃんとあまりにも会うもんですから、意気投合しちゃって。ジョナサンでおばちゃんと半同棲してるのかなってくらい顔なじみになってしまったりね。
取材・文=我妻弘崇
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村瀬秀信|1975年生まれ。神奈川県出身。全国を放浪後、2000年からライターに。主な著書に『止めたバットでツーベース 村瀬秀信 野球短編自撰集』、『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』『ドラフト最下位』など。現在は編集プロダクション、Office Ti+代表。
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