2023-04-03 18:00

西寺郷太『90’s ナインティーズ』刊行記念インタビュー、下北沢で開いた90年代の扉

「BUBKA5月号」に登場している西寺郷太
「BUBKA5月号」に登場している西寺郷太

NONA REEVESやソロでの音楽活動をはじめ、楽曲プロデュース、そして洋楽レジェンドの紹介/研究を著作やラジオで行ってきた西寺郷太。そんな彼がこの度、初となる自伝的小説を上梓した。1990年代初めに夢を抱いて上京した「ゴータ」青年の目に、東京の音楽シーン、街に交差する人々はどう映ったのか? 約30年の時を経て、当時の記憶と現在を語ってくれた。

「ゴータ」の青春物語

――郷太くんの小説の構想は以前からよくお酒の席などで教えてもらっていましたが、今回の90年代の下北沢を舞台にした自伝的なお話もずっと温めていたものなんですか?

西寺郷太 本当は『90’sナインティーズ』にも登場するマイカちゃんを主人公にした小説を書きたかったんですよ。10年くらい前に思いついた最初の構想は彼女が37歳とか、当時の自分より2歳くらい下の設定で。それはそれでいまも書きたいと思っているんですけど。準備をしていたら、その前に自分が少年から青年になった1990年代の東京、下北沢や早稲田を舞台にした半分小説半分ルポルタージュみたいなものを書くのが先かもと。それで『苦役列車』を書いた西村賢太さんにとっての「北町貫多」みたいにほぼ自分のことなんだけど微妙に違うキャラクターを主人公にした物語を文藝春秋の編集の方に提案したら、それはちょっともったいないと。

――なるほど。

西寺郷太 「郷太」ではなく、ゲンタとか架空の主人公もありだなと僕自身は思っていたんだけど、たとえば筒美京平さんだったり曽我部恵一さんだったり土岐麻子さんだったり和田唱くんだったり……名のあるミュージシャンとの実際の交流自体がすごく貴重なエピソードだから、そのまま郷太さんが主人公になったほうがいいんじゃないかって言われて。それで主人公をカタカナの「ゴータ」にしたんですよ、苗字を無くして。他の登場人物に関しても実在する方や関わりを持った方には実際に読んでもらって、まちがっていた場合は直しながらひとつの取材のかたちで記録として残していって。藤子不二雄Ⓐさんの『まんが道』が一番近いかもしれませんね。一般の友達は本人から了承を得られたら実名で出して、何人かの人物を合体させたり妄想したキャラクターは架空の人物にして執筆を進めました。この本はあっという間に読めちゃいますけど、取材や修正も含めると結局3年半ぐらいかかって完成しているんですよね。

――90年代の下北沢のギターポップシーンの熱気をしっかりと記録しておきたい、というジャーナリスティックな使命感もありましたか?

西寺郷太 そうですね。実はあのころのことは意外にネットにも記録がないんですよ。だから本にしておく必要性は絶対あると思いました。

――同じ時期でもたとえば「渋谷系」に関しては比較的記録が残されていますよね。当時のことを語ろうとする方も多い印象があります。

西寺郷太 渋谷系がフェードアウトしてきたタイミングで登場してきたのが僕らノーナ・リーヴスだったり、キリンジだったりシンバルズだったりで。渋谷系的なエッセンスが残っていたバンドたちの最後のほうが僕らだったと思うんですけど、意外とその数年のゾーンが抜け落ちていて。

――渋谷系といえば、主人公の「ゴータ」がフリッパーズ・ギターをちゃんと聴いたことがないという描写が印象的でした。

西寺郷太 それは本当です(笑)。「恋とマシンガン」(90年)はテレビで見て知っていたんですけどね。YouTubeやストリーミングの時代ではないので、自分でCDを「買う」ってかなり能動的な関わり方じゃないですか。特に僕はちょっと天邪鬼というか自己愛でもあると思うんですけど、真似になるといけないと距離を置くんですよ。下北沢のライブハウス『Que』に集っていたような少し上の人たちからしたら小山田(圭吾)さんや、小沢(健二)さんなんて友人でもあり象徴みたいな存在だったと思うから「本当に知らないの?」なんて驚かれました。ただ結局、スチャダラパーも含めて、そのへんの文化は下北沢に通い詰めていた95~96年ぐらいに集中して大好きになった感じですね。だから「こういうやり方もあるんだ!」って影響も受けたし、今に至る血肉には最終的にはなってます。

――いまこうして話していても思うんですけど、『90’sナインティーズ』を読んでいてまず驚かされるのは郷太くんの記憶力ですよね。それがこの小説の生き生きとした筆致にもつながっているんだろうなと。なにしろ30年近く前の話ですからね。

西寺郷太 これは芳朗さんもそうだと思うんですけど、ラジオやイベントでなにか音楽について話す、原稿を書くことになったら一度調べ直すじゃないですか。たとえそれがマイケル・ジャクソンであっても、スティーヴィー・ワンダーであっても。「だいたいこんな感じだろうな」みたいなぼんやりした記憶は絶対に信じない。だから、毎週のようにラジオで喋っていたりする僕らからしたら毎週受験をしているような感じなんですよね(笑)。たとえば、伊勢神宮の社殿は20年おきに建て替えたりしているから技術も継承されて建物としてはずっと新しく残っているわけじゃないですか。みんなに記憶力については驚かれるんですけど、まさにそんな感じの地味なアウトプットと整理の繰り返しの賜物なのかなって。

自分にしか治せない病気を

――そんな筆致のなか、個人的には甘酸っぱさがありながらも序盤からずっとビターなムードが漂っている印象を受けました。それは阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件に象徴される当時の社会情勢、それから下北ギターポップシーンを彩っていたバンドの未来を知っているからというのもあるし、もちろんプロのミュージシャンを目指す主人公の焦燥感から醸し出されているものでもあると思います。そういうある種のほろ苦さが『90’sナインティーズ』に惹かれる大きな理由のひとつなんですよ。

西寺郷太 中学、高校、大学と進学していくのは学生というところで同じ種類の変化だと思うんですよ。でも大学生から社会人となると子供と大人の違いというか、一回自分が死ぬって言っちゃうと大げさですけど、生まれ変わるような感じがあって。たとえば自分がミュージシャンになれなかった人生、作中でも誘われているようにどこかの会社に入っていたとしたら、それはそれでしばらくはうまくいっていたかもしれない。根がアイディアマンですし、コミュニケーション力も正直あるので。ただ、最終的に人としてかなり落ちていただろうなって(笑)。本でも書いているように、むしろ全面的に音楽を排除した人間になるしかない。結局、悪夢にさいなまれただろうな、と。

――はい。

西寺郷太 とは言え、いまの自分だってまだまだですから。たとえば僕が宇多田ヒカルさんだったり、いまで言うところの藤井風さんでもいいんですけど、日本の実力も認知もトップのアーティストになっていたら今回の小説はちょっと成り立たなかったでしょうし。この小説では27~28歳になって早く結果を出さないとと焦っていた自分が2001年になる瞬間にLOVE PSYCHEDELICOと出会って、それで「自分の未来は厳しいけれど、まだまだこれからかもしれない」という余韻を残して終わるんですけど、実はいまもそう思っているところがあるんですよ。そんなことを当時の自分に言ったら「50歳にもなってなに言ってるんだよ!」って笑われるかもしれないけど、自分の全盛期はこれからの10年なんじゃないかって良くも悪くも思えちゃってる自分がいて。執筆するにあたって気をつけていたのが、単なる自慢話の回顧録にならないこと。プロになるという大きな夢は叶えましたが、この小説はデビューできて良かった!ゴール!では終わっていない。例えば恋愛からの結婚でハッピーエンドになるドラマや映画と違って「結婚後の生活」も少し書くことでリアルなミュージシャンの姿を映し出しているつもりです。それから「90年代は最高だった!」みたいなテンションになるのも避けています。芳朗さんもそうだと思うけど、はっきり言っていまがいちばん楽しくやれているので(笑)。

――フフフフフ、あのころに戻りたいとは到底思わないです。

西寺郷太 うん、もう一回は絶対にやりたくない。山ほどあった曲がり角のたびに悩みに悩んだ結果正解を選んできて、奇跡的にいまがあると思うんですよ。

――『90’sナインティーズ』は才能についての話でもあると思っているんですよ。物語が進行していくにつれて、才能をめぐるある種の残酷さが強調されてくるように感じて。それに伴って、主人公のなかにある冷徹さも露わになってくる。それはやっぱり現在の郷太くんが内包する厳しさと見事に重なるんですよね。

西寺郷太 そうですね。自分がそれをやる意味があるのか、ということにはすごくこだわってきました。自分よりもうまくできる人がいたらそっちを優先してほしい、だからすっと引く。プロってそういうことだと思うんですよね。たとえば自分の大切な人が病気になってそれがそこそこの大病だったりしたら、初めての若い医者には任せたくない、やっぱりいちばん腕のいい経験のある医者に診てもらいたいじゃないですか。盲腸を手術出来る人が余っているならそこを極める必要はない。逆に言えば、自分が医者の立場だとしたら「郷太さんにしか治せない病気なんです、お願いします!」と頼まれたら全力で手伝いたい。自分の仕事も同じで、自分にしか不可能な難病を治療できるような人間でありたいみたいにはずっと思ってます。本を書いたり、ラジオで話したりも同じで。割と音楽的にも混んでない場所を探し続けてきました。いわゆる楽曲コンペにも参加しませんし。ただ、今ならそういう強めの自信や意識もまだわかるんですけど、20代前は誰もパートナーがいない状態で。何にもないのに下北沢のライブハウスに通っていましたけど、他のバンドの曲を聴いてもどこかで「俺の方が良い曲書ける」と思っていたのは「なんでだろう」と笑えますけどね(笑)。

――まだまだ終わらないインタビューの続きは発売中の「BUBKA5月号」で!

取材・文=高橋芳朗

西寺郷太=にしでら・ごうた|1973年東京生まれ京都育ち。NONA REEVESのシンガー、メイン・ソングライターであり、バンド以外でも作詞・作曲家、歌手、音楽プロデューサー、文筆家、MCと幅広く活動。『GOTOWN STUDIO』主宰。主な著書に『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』、『プリンス論』、『噂のメロディ・メイカー』など。

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