【追悼特別企画】アントニオ猪木は「レスラーとして、人間として計り知れない度量を持った人」天龍源一郎が語る
猪木さんと戦う時の気持ちは「無」だったね。髙田延彦やオカダ・カズチカとやった時は、彼らが入場してくる姿をリングの上から見ていて「カッコいいなあ」って思ったけど、猪木さんの入場を待ち受けている時は本当に無。「今、ここでアントニオ猪木という人と戦うんだ」というだけで、カッコいいとかって思う余裕はなかったよ。
俺は猪木さんの弟子ではないし、主従関係はなかったから、長州選手や藤波選手、闘魂三銃士(武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也)のように気後れすることはなかったけど、試合前に猪木さんが「格闘技戦ルールだ」って言い出して、あれはちょっと面倒臭かったな(笑)。当然、俺はプロレス・ルールを主張して平行線になって、社長の坂口(征二)さんに下駄を預けて、最終的にプロレス・ルールに落ち着いたけど、試合前から猪木さんは仕掛けてきたということですよ。
もう試合が始まる前に疲れたというのが正直なところですよ。相撲で言えば、猪木さんが最初からずっと上手廻しを持って、土俵の中で俺を弄んでたっていう感じだね。出し投げを打ったり、上手捻りをかましたりとか、そんな感じだったよ。きりきり舞いさせられたね。
で、試合開始早々にスリーパーで落とされた時はビックリしたね。グッと入ってきた時に「ああ、スリーパーがくるんだ」って、ちょっと舐めたところまでは憶えてるんだよ。で、そこからストンと記憶がなくて、次の記憶は長州に「天龍!」って、張り手をかまされて、リングの中に押し戻されたところからなんだよ。あのまま長州が俺をリングに戻さなかったら、俺のリングアウト負けだったよ。
手四つからいきなりヘッドバットをかましてきたり、猪木さんは唐突な攻めが多かったね。全日本プロレス出身の天龍源一郎に対してだけ、従来のプロレスとは違う組み立てで勝負してきたように感じたね。それで俺に恐怖心を与えようとしたのかわからないけど、そんな感じの攻めだったよ。腕十字を仕掛けてきたからロープにエスケープしたのに指をグッと折りにきて脱臼させられたり(苦笑)。
ああいうことをリングの上で平気でやるんだからね、猪木さんは。あれは、なかなかできることじゃないよ。俺が教えられたアメリカン・プロレス、馬場さんから習ったプロレスとは全然違うよ。