プロレスラー大谷晋二郎、新日本に憧れた男…炎の戦士が30年貫いたレスラー論
――時代がわかりますね(笑)。そんな大谷さんが新日本50年の歴史で至高の名勝負を選ぶとどの試合になりますか?
大谷晋二郎 それは3試合すぐに出るんですよ。どれも内容、結果も含めてプロレスの魅力に溢れた試合なんですけど、まずは猪木さんがアンドレ(・ザ・ジャイアント)からギブアップを奪った試合(86年6月17日、愛知県体育館)ですね。猪木さんが腕固めを極めたとき、後ろからマネージャーのワカマツが乱入しようとしていて「あ~、今回も反則決着かぁ」と思った次の瞬間、アンドレがギブアップしたんで、もう一瞬言葉を失った後、「ウワーッ!」ってものすごく興奮したのを憶えていますね。
――当時、僕らファンも「アンドレのフォール、ギブアップ負けはありえないもの」と、半ば諦めていたところがあったから、なおさらですよね。
大谷晋二郎 まさか、あんなシーンが見られるとは思っていなかったので、夢心地でしたよね。そして2試合目もファン時代に観た、越中(詩郎)さんと髙田(伸彦)さんの試合ですね。
――出た! ジュニア版名勝負数え唄。
大谷晋二郎 越中さんが髙田さんの蹴りでボッコボコにやられるんですけど、最後、ジャパニーズレッグロールクラッチホールドで丸め込んで勝つんですよね。俺、その瞬間泣いたんですよ。やられてもやられても諦めず、最後に必死に丸め込んで勝つ姿に感銘を受けて。
――まさにそれがプロレスのカタルシスですよね。
大谷晋二郎 もう1試合は越中さんvs髙田さんに近い内容なんですけど、僕がプロレスラーになってから観た、藤波(辰爾)さんと橋本(真也)さんの試合ですね。これも橋本さんがボッコボコに藤波さんを蹴ってて。あれ、会場はどこだったかな?
――広島グリーンアリーナ(94年4月4日)ですね。
大谷晋二郎 そうだ、広島だ。さすがですね! あの試合もボコボコに蹴られた藤波さんが最後、グラウンドコブラで丸め込んで勝つんですけど、あの丸め込みに凄みすら感じたんですよ。
――橋本さんの蹴りがあまりにも凄かったんですよね。
大谷晋二郎 そうなんですよ。死んじゃうんじゃないかっていうくらいの蹴りを喰らって、胸板が蹴られた靴の痕だらけになりながら勝って。試合後は「橋本は甘い!」って厳しい表情で言って。あの頃、もう僕はデビューしてましたけど、あらためてプロレスってすごいって思いました。その3試合が僕の中では心に残ってますね。