プロ野球界において、「落合博満」こそ、最高のエンタメだ。〈ノーカット版〉
落合博満=UWF
――もし自分の好きなチームの監督が落合みたいなスタイルだったら、どう感じるんですかね? たとえば、ドラフト戦略。ロマンを買わずに、来期の戦力だけを集めるという。
中溝 結局、勝てばファンは納得するんですよ。でも、負けた途端に、総バッシング。ようはベースに勝利がないと、すべてのプロスポーツのファンは納得しないんですよね。
――やはり「勝つことが最大のファンサービス」という落合の根本的な考え方は、ファン心理の根っこの部分をしっかり掴んでいるんですね。では、守備を中心としたチーム作りについてはいかがですか? プロ野球の最大の華って、やっぱり豪快なホームランだと思うんですが。
伊賀 それについては、俺にひとつ仮説があるんですよ。「落合はナゴヤドームが本拠地の中日ドラゴンズの監督だったから、守備中心の守り勝つチームを作ったんじゃないか?」って説が。ナゴヤドームの野球のマネジメントとしての最適解を出しただけで、楽天やヤクルトみたいなホームランが出やすい球場の監督で、打撃のチームを作っていいって環境だったら、どうするんだろうっていう。
中溝 なるほど。だって中日の野球って、落合の後もずっとつまんないですもんね。
伊賀 そうそう。だからこそ、違うチームで落合が監督したら、どういう野球するのかなっていうのはすごい興味ある。たとえば、来年のソフトバンクの監督が落合とかだったら、どうやっても、ホームランは出るわけじゃないですか。
中溝 就任直後の『週刊ベースボール』のインタビューで、アレックス・オチョアについて、「打てる外国人連れてきたら?」って言われるなかで、「いや、アイツのセンターで今年何点抑えられたの」って言ってるんで。おそらく最初から守備の野球を考えてたんですよね。だから、たしかに伊賀さんの言う通り、ナゴヤドームの特性を研究し尽くして、ああいうチームを作ったんじゃないのかなって。
伊賀 だから落合にはまたどっかのチームで監督やってほしいんすよ。
――もし監督に就任して、中日時代とは違う、打って打って打ちまくるチームを作ったら、最高に面白くなりそうですね。あと、この本でも当然出てくる、落合のイメージを決定づけた2007年の日本シリーズ第5戦についてもお二人の意見を聞かせてください。完全試合中の山井から、最終回に岩瀬へ継投した、例の試合なんですけど。自分が中日ファンだったら、あの采配をどう感じますか?
中溝 俺が当時すげえ覚えてるのは、とある年配のスポーツライターが、「もうプロ野球なんか観ない」っていうくらい怒ってたんですよ。でも、俺はこれはこれで論争を生んだという意味では、すごくいいエンタメだなって思って。俺が中日ファンだとしたら、結果的に試合には勝ってるから、なんの文句もないですね。
伊賀 50年振りぐらいの日本一ですもんね。
中溝 だから、当時あの采配に否定的で騒いでいたのって、もしかしたら中日ファン以外の野球ファンとか、ベテランスポーツライターとかだと思うんです。そもそも、あそこで山井が完全試合するよりも、継投したおかげで、15年くらい経った今も、論点になっている。
伊賀 第1回のIWGPだって、(アントニオ)猪木が (ハルク・)ホーガンに勝っちゃってたら、普通だったわけじゃないですか。しかも、猪木はダマテンでやるからね(※6)(笑)。恐ろしいっすよ。
中溝 スポーツを環状線の外側に持っていく(※7)ときには、そのぐらいのフックがないと。
――予定調和にないことが起きると、議論が生まれますよね。
中溝 アライバ(荒木雅博・井端弘和)のコンバート(※8)とかもそうだけど、落合には予定調和がない。落合采配は「活字プロ野球」にめっちゃ合ってますよね。
伊賀 合ってる、合ってる。
中溝 「これって本当はどうだったの?」っていう真相を、15年後も読みたくなるというか。中日だけWBCに選手を派遣しなかったときも、「ぼかして言ってるんだから、自分で考えてくれ」みたいな発言をしたり、その後に「これが正力松太郎さんが望んだプロ野球界なのか、訊いてみたいな」っていう言葉を残したり、投げっぱなし系のコメントは今の監督じゃしないですよね。このあたりも活字プロレス感。
伊賀 謎かけですよね。星野仙一はどこまでいっても星野仙一じゃないですか。「9回、マー君」みたいな。ロマン主義で、やることが決まってるというか。
――日本シリーズの優勝を決めるマウンドに田中将大を送り出すときに、審判に「田中だよ!」って怒鳴って交代を告げた。
中溝 そう。俺はあの星野劇場、大嫌いでしたね。現地で観てたんですよ、2013年の第7戦。後ろのほうから「巨人、雰囲気よんで早く三振しろ!」みたいな野次が飛んでくるし、めっちゃ腹が立って。
伊賀 しかも、ファンキーモンキーベイビーズ。ふざけんなって(笑)。
中溝 星野劇場ってベタベタのアメリカンプロレス感があっていまいち乗れない。それよりも、行間を読ませる落合采配が好きです。
猪木はダマテンでやるからね(※6)
この試合で猪木は、ホーガンのアックスボンバーにより場外へ飛ばされ失神。試合にも敗れたが、これは猪木が独断で決めたことだと言われている。
スポーツを環状線の外側に持っていく(※7)
アントニオ猪木の環状線理論をスポーツ全般に置き換えた。まったく興味のない人(環状線の外側)を振り向かせるという需要と集客のための理論。
アライバ(荒木雅博・井端弘和)のコンバート(※8)
落合は「あの二人は、足ではなく目で打球を追うようになった。楽をすることを覚えたんだ。だから、またイチから守りを勉強してもらう」と名手二人のポジションを入れ替えた。